■だったら第一か第二を一人出せないか」
多ケ谷氏は今年1月、超党派議員団の一員としてイスラエルを訪問したことが党内で問題視され離党。直後の総選挙では中道候補として千葉11区から出馬し落選した。
初当選は2021年10月。選挙から2日ほど後、山本代表から電話でこう依頼されたと明かす。
「『政策秘書を党に差し出してくれませんか』と。党の会計責任者で事務方トップである男性職員Aを“名義だけ秘書にしてもらえないか”と頼んできたのです」(多ケ谷氏)
政策秘書は、政策、第一、第二と3人いる公設秘書の中でも要となる筆頭格だ。多ケ谷氏には意中の人物がいたので断った。だが、
「山本代表は『だったら第一か第二を一人出せないか』と食い下がってきました。当時は国会議員になったばかりで、まだ右も左もわかっていない頃。上司である山本代表に重ねて頭を下げられたので断りきれず、第一秘書の枠を差し出すことにしました」(同)
■LINEに明記されていた「秘書の“吐き出し”」
それから任期中の3年間、A氏が多ケ谷氏の事務所に出勤したのは、年間でわずか数日だった。
「たまに給与明細を取りに寄る程度。秘書としての勤務実態はゼロです。Aは党事務所に勤務し、党の仕事に専念していました」(同)
※詳しくは下記リンクより
https://news.yahoo.co.jp/articles/b7806c6c1735053adebf94185884c0376b221892
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Source: alfalfalfa.com
