そこでCが語った言葉とは――。山﨑氏の著書『 償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って 』より一部を抜粋して紹介する。
(中略)
「被害者遺族への償いをどう感じているのでしょうか?」
「そうですね。でも、まあ、具体的にそういうのを、そのために生きているというふうには考えていないというのか」
「両親は自分の家と土地を売って賠償金に充てようとしていましたが、そういう形で自分が今仕事をしているなかで積み立てていくとかは?」
「ああ、でも今ははっきり言って余裕がないですね、そういう面で。そういうのすごい大変というか、今がすごい大変だから」
「気持ちとしては?」
「うーん」
言葉が重くなる。
「事件のことを忘れたことはないと言いましたが、被害者に対して申し訳ないという気持ちを持ち続けている?」
「なんて言うんですかね、自分のことばかり考えているというのはありますね。正直、自分がいちばんかわいいじゃないけど、そういうふうになっちゃう。そうですね」
「それはそうせざるを得ないのか、それでいいと自分で思っているのか、どちらでしょう?」
「そうせざるを得ないと言うのか、あんまそういう考えがいいとは思わないけど」
「そういう考えとは?」
「考えというか、自分のことばっかり考えたりとか。それは良いとは思わないけど、そうしないと生きていけないなというのがありますよね」
「申し訳ないとかそういう気持ちはそんなにはないんでしょうか?」
「なくはないです」
「でも自分が毎日生活するので精一杯?」
「そうですね」
「生活が一段落したらもう一度考えるということですか?」
「そうじゃないですか、やっぱ考えるというのか、そういうのは自分が計画的にそこまで来たらじゃあ考えようとかじゃなくて、自分で頑張りながらいろいろなふうに人間というのは成長して物事を考えていくんだって。今の段階ではそこまでの余裕じゃないけど、自分の生きていく、生活していくのが結構大変だから、そういうのは」
※詳しくは下記リンクより
https://news.yahoo.co.jp/articles/7f015376ffc1f861021a2ebffc6ec9dfc7f3075c
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Source: alfalfalfa.com






