【悲報】渡邊渚さん「日本は男の◯◯に甘い国」←海外女子にフィレンツェの空の下で完全論破されてしまう

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※ポストの続き※
ここイタリアや欧米の地下鉄で、無防備に居眠りができるだろうか?
答えはNOだ。
隙を見せれば、財布を盗まれるか、あるいは「痴漢」なんて生温い言葉では済まされない、命に関わる暴行(Sexual Assault)を受けるリスクがある。
ここでは、女性は常に「戦場」にいる覚悟で電車に乗っている。
日本はどうだ。
多くの人がスマホを見たり、居眠りをしたりして、無防備な背中をさらしている。

誤解しないでほしい。被害者が悪いと言っているのではない。
私が言いたいのは、「痴漢という卑劣だがローリスクな犯罪」が成立してしまうほど、日本の空間は平和で、誰もが油断できるほど守られているというパラドックスだ。
さらに言わせてもらえば、日本の男性ほど「潔癖なまでに理性的」な生き物はいない。
満員電車という異常な密着空間で、冤罪を恐れ、必死に両手を上げて「私は何もしていません」と全身で証明し続ける彼らの姿は、イタリア人から見れば「聖人」に見えるだろう。

海外の男性はもっと「本能的」だ。
隙があれば声をかけるし、視線で嘗め回すし、拒絶されれば露骨に不機嫌になる。
それに比べれば、日本の男性の多くは、驚くほど自制心が強く、優しい。

それなのに、一部の犯罪者のせいで、真面目な99%の男性までが「潜在的な加害者」として肩身の狭い思いをしている。
そして、その「世界一の安全性」を享受している当の日本人自身が、「日本は遅れている」と自国を卑下する。
これこそが、「平和ボケ」という病の本質だ。

「痴漢許すまじ」と叫ぶエネルギーがあるなら、まずは「夜道を一人で歩ける奇跡」と、それを支えている「多くの日本人男性の理性」に、もう少し敬意を払ってもいいのではないか。
日本人はもっと、自分たちの国の「異常なほどの民度の高さ」を誇っていい。
フィレンツェの石畳の上で、スリを警戒しながら、私は心底そう思うのだ。

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Source: alfalfalfa.com

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